2011年3月11日の自由の森学園の生徒たちは

 都心ブロック顔合わせで「東日本大震災時、自由の森の生徒の様子を知りたい」との声があり、6/30(土)自由の森連絡会を通して学園へ質問をしました。
【質問内容】
1.生徒と保護者が連絡をとれたのは何時ころでしたか
2.連絡手段は何でしたか(公衆電話、メール、Twitter等)
3.下校が始まっていましたが学校を出た生徒は、どのような行動をしましたか
4.電車の中にいた生徒はいましたか

新井教頭が、会議中口答で回答下さいました。
(鎌田さんのメモです)

『当時の様子』
地震発生直後、グランドに集合し点呼をとる。
中学生97名 高校生147名 (合計254)
校舎内の安全確認、情報収集。
交通機関が乱れていることが確認されたため、スクールバスをストップし、しばらく校舎内(食堂、1F教室)に待機する。

・保護者への連絡について
電話は通じないがメールは通じている、公衆電話も通じるという状況。
各クラスの人数にばらつきあるということから、一斉の連絡ではなく、ひとり一人の生徒が保護者と連絡を取りそのことを担任が把握する。
連絡がつかない生徒の保護者には別途対策を講じる。
わりと早い段階で多くの保護者に連絡をとることができた。
数名保護者と連絡が取れない生徒がいた。

下校中の生徒への連絡はとれない状況、この時点であれほど長く交通機関が二だれるとの予測はできていなかった。
西武鉄道に連絡を取ろうとしても通じない状況。
食堂に夕食を手配する、生徒は夕食をたべさせてからの行動とする。
スクールバスを各方面に出す事を検討(池袋、川越、大宮、秩父、小川町、青梅、八王子)
東栄バスに問合せたところ、道路が混雑しているため時間が読めないとの回答。
スクールバスを、所沢、川越の2方向へ運行を決める。
迎えにこられる保護者には迎えに来てもらうことにし、教員が送る事ができる生徒は送る事にする。
それ以外の生徒は学校寮で一泊することとする(中学生4名 高校生50名)
高校生の人数が多いのは、下校途中に地震発生のため交通機関のマヒで帰宅を断念した生徒が続々と飯能駅に戻り、学校へ連絡があったので教員が駅
に迎えに行き、寮で一泊となった。

学校ホームページを通じて状況を報告。

飯能市内に取り残されている生徒がいることが分かり、教員数名で迎えに行く。
寮のロビーに布団をしいて就寝。
寮監が寝具を手配、足りない寝具は寮生が提供してくれた。
連絡のつかない生徒への連絡を継続しながら、管理職、学年担当以外の教職員は帰宅。
翌日の午前中までに生徒を帰宅させることができた。保護者の迎え、スクールバス、電車など。

『災害対応マニュアルの見直し』
震災対応について、東京都の私立校と情報交換。
5月の保護者会でも情報収集
生徒を帰す、保護者に引き渡すことよりも、しばらく学校に待機することを原則とする。
飲料水はタンクに確保されている。
食料は全校生徒1週間分くらいの備蓄がされている。
ガスを失っても燃やせる木はたくさんあります。
クラス連絡網とメールによる連絡体制を整備、状況はホームページに発信。
課題としては、通学途中に震災にあった時どうするのかということ。
今年の防災訓練では、飯能駅には迎えに行くことを全校生徒に伝えている。
個々の家庭での対応が必要なケースも考えられる、各家庭で話し合っておくことも重要。
小岩井地区の避難所にも指定された。市役所とも連携し対応していく。
避難用毛布は財政的理由でいまのところ準備ができない。


以上、努力して記録しましたが聞き取り方の違いも当然あると考えられます。その当たりをふまえて参考になさって下さい。(鎌田裕巳)